東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12601号 判決 1974年5月15日
主文
1 被告は原告に対して金四、四〇七円及びこれに対する昭和四四年一一月三〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
「被告は原告に対し、金七二〇万円およびこれに対する昭和四四年一一月三〇日より支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は宝石類の輸入および国内販売等を業とする株式会社であり、被告は国際路線および国内幹線における定期航空運送事業等を業とする株式会社である。
2 原告は昭和四三年一一月二〇日訴外西日本鉄道株式会社を代理人として、被告に対し次のとおりの貨物運送を委託し、被告はこれを承諾した。
(1) 貨物の種類 ダイヤモンド(研磨)二四・四三カラット
(2) 貨物の重量 〇・三キログラム
(3) 荷受人 アメリカ合衆国ニユーヨーク州ニユーヨーク市ウオール街四四 マニユアアリチヤーズ・ハノーヴアー信託会社
3 右貨物(以下「本件貨物」という。)は被告が右運送契約に基づいて運送中紛失し、荷受人のもとに到着しなかつた。
4 原告は、右荷受人より右貨物を受領することとなつていた、ルイス・クリツクダイヤモンド商会(アメリカ合衆国ニユーヨーク州ニユーヨーク市西四七番街二〇)の請求により、昭和四四年三月一四日東京通産業局通商課の支払許可を得て、本件貨物の引渡しあるべき、昭和四三年一二月におけるニユーヨーク市の価格の範囲内である二〇万ドルを右商会に送金して損害の賠償をなし、日本円に換算して金七二〇万円の損害を蒙つた。
5 よつて、原告は前記運送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、被告に対し、右金七二〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年一一月三〇日より支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因第1項の事実は認める。
2 同第2項の事実のうち、運送委託を受けた貨物の中味は知らない(ただし貨物にダイヤモンドとの表示はあつた。)。同項その余の事実は認める。
3 同第3項の事実のうち、原告より運送委託を受けた右貨物が紛失したことは認める。
4 同第4項の事実は知らない。
三 抗弁
1 本件貨物の運送は、航空機により有償で、出発地を日本、到達地をアメリカ合衆国として行われた国際運送であり、したがつて本件運送は、いわゆるワルソー条約(昭和二八年条約第一七号「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(以下「条約」という。))の適用があり、同条約第二〇条第一項には「運送人は、運送人およびその使用人が損害を防止するため必要なすべての措置を執つたこと又はその措置を執ることができなかつたことを証明したときは責任を負わない。」旨の規定があるところ、被告は本件貨物の保管については厳重を期す等、損害を防止するため必要なすべての措置を執つたものであるから、本件貨物の紛失についての損害賠償責任はない。
2 かりに、右主張が認められないとしても、条約第二二条第二項には「貨物の運送においては運送人の責任は一キログラムについて二五〇フランの額を限度とする。」旨の規定があるので、本件貨物の紛失により被告が損害賠償責任を負う範囲は右の限度にとどまり、したがつて、右を日本円に換算し、本件貨物の申告重量〇・三キログラムを乗ずると、結局被告は原告に対し金一七八二円の損害賠償責任を負うにとどまる。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁第1項の事実は否認し、同項の主張は争う。
2 抗弁第2項の主張は争う。
五 再抗弁
被告にはいわゆるヘーグ改正議定書(昭和四二年条約第一一号、国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約を改正する議定書、以下「議定書」という。)第一一条、改正条約第二二条第二項(a)の規定は適用されない。
すなわち、議定書第一三条、改正条約第二五条は「第二二条に定める責任の限度は損害が、損害を生じさせる意図をもつて又は無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して行つた運送人又はその使用人の作為又は不作為から生じたことが証明されたときは適用されない。」と規定している。
ところで原告は昭和四三年一一月一五日被告に対し運送委託の申込をするに際し、その代理人たる訴外西日本鉄道株式会社に対し「INVOICE」と題する書面を提出し、委託にかかる貨物がダイヤモンド一六包一八個であること、各包の重量(カラツト)、各研磨されたものであること、各包につき一カラツトあたりの価格、各包の価格等を明告した。右訴外会社は同月二〇日原、被告双方を代理して本件貨物の運送契約を締結するに当り、被告に対し右「INVOICE」と題する書面、「AIR WAYBILL」と題する書面等を交付し、「AIR WAYBILL」と題する書面には本件貨物が研磨されたダイヤモンド二四・四三カラツトであることを重ねて明示し、もつて原告は右訴外会社を通じて被告に対し直接本件貨物の種類及び価格を明告した。そこで被告は本件貨物を終始貴重品として扱つていた。
ところで、本件貨物の紛失状況は以下のとおりである。
すなわち、本件貨物は昭和四三年一一月二一日夕刻ニユーヨーク国際空港に到着後、被告の貨物事務所内貴重品用金庫に一時蔵置され、翌二二日正午頃、被告がかねてより同空港内の貨物の地上取扱業務を委託している、アメリカンエアーラインズ社の輸入貨物上屋に移され、同上屋内貴重品保管室で保管された。そして、同年一二月五日同空港税関当局により、内容品の税関評価のためニユーヨーク市内税関上屋に廻送された。右廻送は税関の委託運送業者により行われたが、同月一〇日に至り、被告は右市内税関当局より本件貨物はダイヤモンドではなく朝鮮にんじんであるとの連絡を受けた。右朝鮮にんじんは外装その他から同年一一月二三日ニユーヨーク国際空港に到着し、前記アメリカンエアーラインズ社の輸入貨物上屋の一般貨物置場に保管中、同月二六日から同年一二月三日までの間に紛失し調査中であつた貨物であつた。このことから本件貨物は何者かに同年一一月二六日から一二月三日までの間に窃取され、犯人は発覚を遅らせる目的で右朝鮮にんじんに本件貨物のラベルを貼付し、朝鮮にんじんをダイヤモンドにみせかけたものと思われる。
被告は本件貨物がダイヤモンドであることを知つた上で前記のとおり貴重品扱いをしていたが、右の紛失状況が示すように、被告の本件貨物の保管方法は極めてずさんで、ダイヤモンドを保管する場合の注意義務を著しく欠いていたものである。すなわち、被告は同年一一月二二日にアメリカンエアーラインズ社に本件貨物の取扱いを委託して以来、一二月一〇日紛失の事実が発覚するまでの間保管状況等につき報告を求める等の調査さえせず、漫然右アメリカンエアーラインズ社に本件貨物の取扱いを委ねていた。また、被告より本件貨物の取扱いを委託された右アメリカンエアーラインズ社は右一一月二六日から一二月三日までの間に本件貨物が窃取されたのに犯人のラベルのとり替えという単純な術策にのせられ、本件貨物の紛失の事実を看過し、犯人の検挙、本件貨物の取戻しを不可能にし、またかかる単純な術策にのせられるほどに安易でずさんな管理方法しかとつていなかつた。
以上のとおりであるから少くとも「無謀にかつ損害の生ずるおそれがあることを認識して」本件貨物の保管につき被告は前記のような作為又は不作為を行い、その結果本件損害が生じたものであり、また被告の「使用人」にあたる前記アメリカンエアーラインズ社の前記のような作為又は不作為により本件損害が生じたのであるから、議定書第一三条、条約第二五条により被告には議定書第一一条、条約第二二条第二項(a)の適用はないものといわざるを得ない。
そうすると本件においては商法第五七七条、第五七八条、第五八一条が適用されるところ、前記のとおり被告に対して本件貨物がダイヤモンドであること及びその価格を明告しているから、被告は本件損害を賠償する義務がある。
六 再抗弁に対する答弁
1 アメリカ合衆国は議定書に加盟していないから本件運送については議定書の適用はなく、したがつてヘーグ議定書第一三条によつて改正されたワルソー条約第二五条は本件には適用がない。
2 再抗弁事実中、原告主張にかかる、本件貨物が昭和四三年一一月二一日夕刻ニユーヨーク国際空港に到着してから右貨物がアメリカンエアーラインズ社の物置場に保管中同年一一月二六日から一二月三日までの間に紛失し調査中の貨物であつたことが判明するまでの経過は認める。原告主張の本件貨物の窃取時期、犯人の意図は推測の域を出ない。
なお、原告が被告に対し本件貨物の価格を明告したとの事実は否認する。
第三 証拠(省略)
理由
一 原告と被告がそれぞれ原告主張のような会社であり、原告が昭和四三年一一月二〇日、訴外西日本鉄道株式会社を代理人として被告に対しダイヤモンドと表示してある貨物につき原告主張のとおりの荷受人への貨物運送を委託したが、右貨物が紛失し、荷受人に到着しなかつたことは当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第五号証、同第六号証の一、二、証人万代利一の証言とそれによつて原本の存在及び成立の認められる甲第四号証、本件弁論の全趣旨によると、右貨物の中味は原告主張のダイヤモンドであり、原告はこれが紛失による損害賠償として、荷送人より右貨物を受領することとなつていたルイスクリツクダイヤモンド商会に対し、昭和四四年五月頃二〇万ドル日本円に換算して金七二〇万円を支払つたことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。
三 ところで、本件貨物の運送は航空機により有償で出発地を日本、到着地をアメリカ合衆国として行われた国際運送であつて、ワルソー条約の適用があることは明らかである。
そして被告はまず、同条約第二〇条第一項による免責を主張するのでこの点について判断する。
同項は「運送人は、運送人及びその使用人が損害を防止するため必要なすべての措置を執つたこと又はその措置を執ることができなかつたことを証明したときは、責任を負わない。」旨を規定し、航空運送人の責任についてはその過失を推定する体制をとつている。
ところで、本件荷物は昭和四三年一一月二一日夕刻ニユーヨーク国際空港に到着後、被告の貨物事務所内貴重品用金庫に一時蔵置され、翌二二日正午頃、被告がかねてより同空港内の貨物の地上取扱業務を委託しているアメリカンエアーラインズ社の輸入貨物上屋に移され同上屋内貴重品保管室で保管されていた。そして同年一二月五日同空港税関当局により内容品の税関評価のためニユーヨーク市内税関上屋に廻送された。右廻送は税関の委託運送業者により行われたが、同月一〇日に至り被告は右市内税関当局より本件貨物はダイヤモンドではなく朝鮮にんじんであるとの連絡を受けた。右朝鮮にんじんは外装その他から同年一一月二三日ニユーヨーク国際空港に到着し、前記アメリカンエアーラインズ社の輸入貨物上屋の一般貨物置場に保管中、同月二六日から同年一二月三日までの間に紛失し調査中の貨物であつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして成立に争いのない甲第三号証、乙第三号証によると、右紛失事故についてはF・B・I等捜査当局による調査が行われたが、右事故がいつ、どこで発生したか等の具体的事実関係については現在なお不明であることを認めることができる。
以上によると、被告の使用人であるアメリカンエアーラインズ社の管理の不充分という点も考えられ、被告またはその使用人である右会社が条約二〇条第一項所定の措置をとつたこと又はその措置をとることができなかつたことにつき、これを認めるに足りる証拠のない本件においては、運送人たる被告は同項所定の証明を果したとはいえないから、この点に関する被告の主張は採用の限りではない。
四 次に被告の、条約第二二条第二項の有限責任の主張について判断する。
原告は議定書第一三条、改正条約第二五条は「第二二条に定める責任の限度は損害が、損害を生じさせる意図をもつて、又は無謀にかつ損害の生ずるおれがあることを認識して行つた運送人又はその使用人の作為又は不作為から生じたことが証明されたときは適用されない。」と規定し、本件運送もこれにあたるから改正条約第二二条は適用されない旨主張するが、アメリカ合衆国はヘーグ議定書の当事国とはなつていないので、ヘーグ議定書第一一条によつて改正された条約第二二条第二項(a)の適用はないのは当然であり、被告も、改正前の条約第二二条を根拠に有限責任を主張しているものでありこの点に関する原告の主張は前提を異にし失当である(もつとも改正前の条約第二五条には、「運送人は、損害が、運送人の故意により生じたとき、又は(中略)故意に相当すると認められる過失により生じたときは、運送人の責任を排除し、又は制限するこの条約の規定を援用する権利を有しない」旨の規定があり、原告の主張を同条によるものと解しても、前記認定事実から直ちに本件貨物の紛失事故が被告の故意又は故意に相当する過失によつたものと断ずることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、いずれにせよ原告の主張は採用することができない。)。ところで条約第二二条第二項には「貨物の運送においては運送人の責任は一キログラムについて二五〇フランの額を限度とする。」旨規定しておりこれを同条第四項にしたがつて換算すると、二五〇フランは日本円に換算すると、金一万四六九二円五〇銭(現在一フランは金五八円七七銭である。)となるところ、本件貨物の重量は〇・三キログラムであるから、本件貨物の紛失に基づく被告の責任は金四、四〇七円(円以下切り捨て)の限度にとどまることとなる。
五 以上によると、右限度を越えて被告に対し損害賠償を求める原告の本訴請求は右の限度によることとなり、したがつて、被告は原告に対して右金四、四〇七円及びこれに対する原告の請求する昭和四四年一一月三〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。
そうすると原告の本訴請求は被告に対し、右の義務の履行を求める限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がないものとして棄却を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。